2010年12月17日

揺さぶり

正月.jpg

スーパーに、正月飾りが売られ始めましたね。
早いなあ。

仕事もまだまだこれから3山くらいは越えねばならず、
年賀状も手付かずの私。

しかし昨日は何があってもハズせないイベントが!!

…え、「最近イベントばっかり」ですか? てへ。


話を戻し。
昨日は藍川由美さん
『日本のうた編年体コンサート』だったのです。

ご主人である片山杜秀さんとともに、
明治維新からの日本のうたの変遷をたどっていく、
壮大な企画です。

今回はその4回目。
大正初期、島村抱月などによる劇中歌の誕生が
中心でありました。

「いのち短し 恋せよ 少女(おとめ)」
の歌い出しで有名な『ゴンドラの唄』をフルコーラス聞けたり。

芸術座『カルメン』の公演で歌われた『酒場の唄』は
「ダンスしませうか 骨牌(カルタ)切りませうか」と
挑発的で退廃的な詞とメロディーが
当時の日本人はカルメンをこうとらえたのかと思えて
おもしろかったり。

圧巻は『宵待草』。
歌い出し「待てど 暮らせど 来ぬ人を」のところで、
ぶわっと涙が噴き出した私。

なんでしょう、理屈じゃないのです。

これまでに何回も聞いたことはありますが、
あんなに情熱的で、
悲痛な叫びのような『宵待草』ははじめてでした。

次の歌に進んでも、まだ油断すると
涙が出てきそうになるし〜。
ビックリしました。

何かが揺さぶられてしまった感。


それだけではありません。

日本人の耳というよりも、
血にしっくりとなじむ音階というものがあること。

「著作権」のようなものがない当時は、
替え歌が当たり前で、宮沢賢治なども
それこそ劇中歌や賛美歌やクラッシックなどの
メロディーに自分の詞を乗せていたこと。

賢治も心酔していた国柱会の田中智学。
彼も自らの思想を広く世に知らせるために、
なじみのあるメロディーで替え歌にしていたこと。

脱線しますが、私のピンポイントとしては、「八絋一宇」。

現在では
「日本を愚かな戦争に駆り立てた悪しきスローガン」として
称されることの多いこの言葉を作ったのが
この田中智学であったことをはじめて知りました。


知と情感の両方をグワングワン揺さぶられた
なんともぜいたくな2時間。

本当にあっという間の2時間でした。

この『日本のうた編年体コンサート』、
次回のテーマは
北原白秋、野口雨情など、童謡運動が中心となる模様。

激しく楽しみです!

ちなみに、藍川さんのコンサート、
もっとも近いところでは
来年2月6日、上野の東京文化会館小ホールで

『聴いて歌って楽しむ ‘日本のうた’Vol.1
〜知っているようで知らない「演歌」の世界〜 』


という新しいシリーズが幕を落とします。

なんて精力的!!
こちらも楽しみですなあ。


…と、興奮冷めやらぬ私が向かったのは
「日本酒ナイト」でおなじみOnEdrop Cafe

というのも、藍川さんとお知り合いになるきっかけを
作ってくれたのが、こちらのマスターなのです。

一緒にコンサートに行った帰りに、
久しぶりの訪問となりました。

昭和.jpg

オシャレカフェのカウンターで、
ひとり酒手酌酒(by 吉幾三)。

カウンターの向こうから、お店のヤングボーイズが
お酌をしてくれようとするのですのが、
なんだか若いかわいいママを口説こうとする
会社帰りのオヤジのようなテイになってしまうし。

はたまた『相棒』コントになってしまうし。
オレが右京で、お前が高樹沙耶。


って、どっちにしてもオッサンです。

しかしこの店、
オシャレカフェなのに、
作っているのはヤングボーイズなのに、
なぜか

料理が「おふくろの味」。

上の写真、豆腐の味噌漬けもおしんこも
自家製ですよ。

おしんこ、ぬか漬けですよ。
さらには、豆腐の味噌漬けって〜。

辰巳芳子先生もビックリですよ。

そんなんで、ぜいたくな時間を過ごした昨晩。

先週とは打って変わり、
この週末はがっちりお仕事ですが、がんばれそうです。
ウラウラウラ〜!

あ、コメントをくださった皆様、
なかなかお返事書けず、すみません。
明日こそ、書きますので〜。


posted by はたまゆ at 21:20| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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