2011年08月16日

反省

昨日は終戦の日でしたね。
皆さま、いかがお過ごしでしたか?

私は朝から靖国神社へ。

靖国.JPG

いつも12時近くに行くもので、すごい混雑ですが、
昨日は朝9時。
それほど並ばず、お参りすることができました。

なぜ、そんなに気張って出かけたかと言うと。

集会.JPG

「第25回戦没者追悼中央国民集会」に出席するため!

というか、

大人気.JPG

小野田寛郎さんに、ご挨拶させていただくため!!

終戦後もフィリピン・ルバング島に残り、
昭和49年まで、実に30年以上もの間、
たったひとりの“戦争”を続けた小野田さん。

小さい頃、
「なんで戦争が終わったことを知らなかったんだろう?」
と不思議に思っていたのですが、
知らなかったわけではないのですよね。

諜報活動を命じられ、
ルバング島に派遣された小野田さんは
その任務が解かれるまで勝手に降伏するわけには
いかなかったのです。

著書などいろいろ読みましたが、壮絶ですよ。

その壮絶な人生を生き抜いてきた人が
今、どんな目でこの日本を見ているのか。
また、どんな空気をまとっていらっしゃるのか。

以前から「お会いしたい! 話が聞きたい!!」と
思っておりました。

あるご縁から、小野田さんにご紹介いただけることになり、
この日、はせ参じたというわけなのです。

小野田さん.JPG

集会でお話をされる小野田さん。

原稿もなし、スラスラと話されます。
89歳とは思えない、力強い声。

戦死の知らせが家族に届けられ、
「私も15年ほど、
こちらで皆さんに手を合わせていただいてました」

の言葉に場内、爆笑。

私は笑えなかったな。

「国を守る気概もなく、人権ばかりを振りかざす。
国権がなくなって、どうして人権だけが守られると思うのか。
試しに、アフリカでライオンにむかって『人権を守れ』と
主張してみてください。
国権の下、はじめて人権があり、国民は生きることができる」

いちいち重い言葉でした。

終戦直後、国権がなくなった満州では、
財産も何もかも投げ捨てて、日本人は逃げ帰るしかなかった。
生きて帰れただけでも幸運だったわけで。

そういう現実を
「国のために戦うなんてバカらしい」とか言っている人は
しっかりと直視してほしい、と思いました。

この日、小野田さん他、ゲストが豪華で。

佐藤さん.JPG

先日、韓国に入国拒否された
参議院議員、“ヒゲの隊長”こと佐藤正久さん。

「まず行動しなければならない。
開かないドアもノックし続けなければならない。

竹島問題を知らない日本人は、
この問題を棚上げしてきた自民党の責任。

領土、主権をないがしろにする政府を放置するのは
民主党の責任です!」

場内拍手喝采でした。


そしてもうひとり、一色正春さん。

一色さん.JPG

そうです、尖閣諸島での中国漁船衝突事故、
あの映像を流出させた元海上保安官。

登場と同時に「よくやったぞー!!」と万雷の拍手。

一色さんもおっしゃっていましたが、
「先人を敬い、手を合わせることは当たり前のこと」。

靖国に眠る英霊の遺族が高齢化を迎えている今、
私たち国民全員がその遺族となって
手を合わせ続けていかなかればならないと思うのですけどね。


集会後、小野田さんご夫妻と
ランチをご一緒させていただき、至福。

「思い残すことはないかも…」と思いましたが、
いやいや、
日本人としてやらなきゃならないこと
いっぱいありますから!



この日の私はフル回転。
夜はこんな集会にも参加しました。

夜.JPG

「日本の復興と国防を考える集い」です。
あははー。

こちらも、刺激的かつリアルな提言ばかり。
頭の中をザクザク耕されてしまいました。

こちらまで書くと、うんと長くなるのでまた改めて。


帰宅後、NHKを見たら終戦の日にちなみ、
「二度と過ちは犯さないと反省する日としましょう」
てなことを言っていて、
一気に現実に引き戻されました。

ああ、やっぱりまだそんな論調なんだなあ。

小野田さんの著書に、
帰国後、広島平和記念公園を訪れ、
原爆慰霊碑に刻まれていた言葉に衝撃を受けたことが
記されています。

「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」

小野田さん、思わず同行者にこう聞いたそうです。

「これはアメリカが書いたものか?」

そうですよねえ、原爆を落とされたのは
私たち日本人のせい、とでも言わんばかり。

「日本は昭和20年、米英など連合国の前に屈服した。
しかし私はいま、人間の誇りまで忘れて経済大国に
復興した日本に無条件降伏させられているのだ ーと感じた」
と小野田さんは綴っています。 

歴史を振り返り、反省することは大切なこと。
もちろん、それは否定しません。

でも終戦からこちら、どうもその反省のベクトルが違う

なんだか悔しい気持ちになるのは、私だけでしょうか?



そんな小野田さん、朗らかで穏やかな方でした。
でも当然ながら、ものっすごいキレ者。

お話し好きでもあるのでしょうか、
お食事しながら、いろんなことを話してくださいました。

こんなふうにお話しする人が
ひとりでジャングルにいなければいなかった。
どんなに厳しい状況だったか…と思いました。

ひとつ、小野田さんに
「日本人、連日『暑い暑い』と騒いでいますが、
小野田さんはいかがですか?」とうかがったところ、

「人間、暑いものは暑い」

と笑顔で答えてくださいました。

なんだか、小野田さんの雰囲気が伝わりませんか?

でも炎天下、長時間の集会中も、
最後までぴしっと背筋を伸ばしていらした。
やはり、人間として背負っているものが違う。

もっと会いたい! もっとお話ししたい!!

がんばらねばー。

おまけ。
この日の私、気合を表すために着物でした。

いろんな人に「暑くないですか?」と聞かれましたが、
意外と平気なもんです。

帯留め.JPG

色合いとかガラスの帯留とか、
目に涼しいのが洋服よりもいい感じ。

こういう日本のいいものを、
もっともっと伝える仕事がしたい。

…と、66回目の終戦の日に思いました。


ラベル:愛国 神社 着物
posted by はたまゆ at 23:48| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小野田さんの講話ばかりか
お食事や親しくお話までされるなんて
私の裏山がそびえたって妬けてしまいます。
しかもお着物で靖国参拝されたと知り
感服いたしました!!
この国には秦さんがいるので頼もしいです☆
ジブンもついていきます。
Posted by satokin at 2011年08月17日 13:43
私事で恐縮ですが、
母方の祖父はガタルカナルで亡くなりました。
もちろん、遺骨もなく、
骨壺には彼の地の石が入っていました。

数年前ようやく靖国神社と戦没者慰霊碑にお参りし、
号泣しました・・
祖父や英霊の皆様に対する思いが強くなったのは
それからです。

私もできることから始めなければ。
いつも身の引き締まる記事をありがとうございます。


Posted by ぴぎ at 2011年08月18日 16:04
satokinさん
何をおっしゃいますか、隊長!
予備役についても、何の役にも立たない私です。

ぴぎさん
「遺骨の代わりに石」とは聞いたことがありますが、
こうして実際に体験された方の言葉は重いですね。
手を合わせるくらいしかできない自分を
許せないのと同時に、
手を合わせることもしない人間をトップに
いただき続けるこの事態も許せないのです。
Posted by はたまゆ at 2011年08月19日 13:16
A級戦犯の合祀とか、戦死者の中にはクリスチャンやその他の宗教の方も居るという根本的なズレには言及しないのですか。       先人を敬うとか、戦死者を悼むとか一般論で靖国参拝を美化するのは片手落ちでしょ!
Posted by at 2011年08月22日 00:42
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