2018年02月11日

奉祝

本日は紀元節です。

国旗掲揚しました。

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Asia is one.
アジアはひとつ。
岡倉天心が1903年に著した『東洋の理想』はこの言葉から始まります。

初代・神武天皇が即位にあたり、出されたとされる『橿原奠都の詔』

私たち国民のことを「おほみたから」とし、

「四方がひとつ屋根の下、
家族のようにともに豊かになるために尽くす」


としたもので、
毎年、この日に読み返すたびに
ありがたさにこみ上げるものがあります。

このふたつがともに
「大東亜共栄圏思想の元凶」という醜悪なレッテルを
貼られた時代がありました。

日本語読解力のない者の単なる言葉狩りですよ。

関係ないけど、子供を「子ども」とするのもアホらしいと思う。


建国の日でも建国記念日でもなく、
「建国記念の日」となってしまった今日この日には
どうしてもそんなことを考えてしまいます。


『橿原奠都の詔』の話をしたところで、
昨年末からお仲間に加えていただいた「みことのり研究會」の話を。

明治150年の今年は
幕末の動乱の時代を生きられた孝明天皇の詔を
読み進めています。

ペリーを始め、西欧列強が続々と
開国を迫ってきたことに始まり、
国内も乱れ、地震や火事なども頻繁に起こった時代。

詔を通じて、孝明天皇の悲痛な祈りが伝わってきます。

中でも心を撃たれたのが
それらの災いが重なることは

「朕が薄徳に依りてしか」

私の徳が足りないからだ、とされていることです。

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これは歴代天皇の詔の常套句であるということを知り、
より心を撃たれました。

二年前、皇居に清掃奉仕に入ったとき、
広島からきた団体が一緒でした。

天皇陛下、皇后陛下でのご会釈の場でのこと。

その団体の団長が「広島から参りました」と自己紹介をしたところ、
陛下はとっさに

「三年前の●月の水害は大変でしたね。
どなたか被害に遭われた方はいらっしゃいますか」

とお話しになられたのです。

びっくりしました。
そんな細かなことまでご記憶されているのだと。

事前にどこから来ている団体かの資料などは
お目を通されるのかもしれませんが、
それでも年月までもしっかりとお話しになったのです。

それが今回、
詔を読み進めるにあたり、腑に落ちました。

きっと今上天皇もこの国に災いが起きたとき、
「朕が薄徳に依りてしか」と思っていらっしゃるに違いない。

その思いにいたったとき、
「私たちはなんて幸せな国に生きているのだろう」と
思いました。

世界の歴史を見ても、
為政者は民から搾取することしか考えていませんよ。

対して、「民を豊かに幸せにする」ことを目指して建国したこの国。
125代にいたる現在まで万世一系、同じ大御心で守られている。

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今日はその奇跡を祝う日でもあると思うのです。





ラベル:歴史 愛国 
posted by はたまゆ at 11:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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